7/28/2013

捻れた胃 〜後


なんとか手術は乗り切ったホープを病院に預け、家への帰り道の車中で母と私は、2時間ずっと喋り通しだった。

悲観的な口調になりがちなのを懸命に希望がある方へ修正しつつ10時過ぎに家に着くと、朝の9時半過ぎからずっと家の中だったにも関わらず、犬も(ブラウニーも)猫も、お利口で留守を守っていてくれた。



いつ電話がかかるか分からないから、携帯電話を最大音量にして、充電しながら(そうやって万端に備えておけば逆にかかってこないと信じた)ベッドにはいると、眠れるわけないと思っていたのにあっという間に眠り込んでいた。

翌朝目覚め、電話がかからずじまいだったことを確かめた時は、それはもう嬉しかった。
とりあえず、最大のヤマは越えたのだ。・・・たぶん。


午後から早退して面会に行くつもりではいたが、開院時間を待ちかねて電話をしてみた。

初めて話す男の先生が出て、
「昨夜は嘔吐がありました。
 今朝は少し元気が出て、ケージの中で立ち上がりましたよ」
と説明してくれたので、つい喜びかけたら、
「血液検査の結果もまだですし、急変の恐れは十分ありますから」
と釘を刺された。

こういう時、仕事柄、データは重篤なのに一見元気そうに見えるパターンがリアルに想像できてしまう。


電話がが鳴らないようにひたすら祈りつつ外来を終え、午後の早退時間まで仕事に集中する。
時間が経てば経つほど、少しずつ安心が大きくなってきた。


早退の申告時間になると同時に病院を出て家に帰り、母を乗せて車を飛ばす。
便りの無いのが良い便り。
きっと大丈夫だ。きっとケージの中で目を覚ましてる。
すでに今朝、立ったりしたっていうじゃないか。
私達が行ったら、喜んでまた立ち上がるかもしれない。

2時間がずいぶん長く感じられたが、ともかく病院に着いた。
昨日と同じ診察室に通され、面会に呼ばれるのを待つ。

できれば、先に説明が聞きたいな。
データがいいのか悪いのか分かってからホープの顔を見たい。
一見元気そうでも、心底喜べないもの・・・

そんなことを母と話していると、背後のドアの辺りで人の気配がした。
ドアの方を向いていた母が私の肩越しに目を挙げて
「あ!」
と驚いたような笑顔になった。

振り返れば奴がいた。
抱いてきた看護師さんが、そっと床に降ろしてくれる。
壁にかけられた輸液ポンプの速度は70ml/Hになっていた。


「もうすぐ先生が来られます」
といって看護師さん達は出ていった。

昨日のホープが嘘のようだった。
「立っている」どころか、元気に抱きついてくるではないか。いつものホープだ。
唇に触れると、ぽかぽかと温かかった。
写真を撮ろうとしたが、ホープも母もじっとできないからまともに撮れない。
とは言っても、狂喜しているのは人間で、ホープの方は中の上くらいの喜び方だった。
彼にしてみれば気がついたら見慣れぬ所にいたが、皆親切だし居心地はいいし、そうこうしていたら家族が迎えに来た、という感じだったのだろう。


やがて、昨日とは別の、色白で物腰柔らかな若い先生(たぶん今朝電話で話した先生)が入ってきて、説明してくれた。

血液データは、多少の異常はあるものの、再還流障害や多臓器不全を示唆するような異常値はみられない。
朝のうちは気分が悪そうであったが、胃の中のものを吐いて、楽になったようだ。
朝と昼と院内を軽く散歩したが、どうしても排尿しないため導尿したら大量の尿が溜まっていた。
といったようなことを説明してもらう間、ホープは隣で座って一緒に聞いていた。
そうそう、吐いた時、すごいものが出ましたよと言って見せてくれた写真には手羽が一本、まるごと写っていた。
手羽を丸ごとやるなんてバカ飼い主もいいところだと話題になっていることだろう。
だがそんなことより、うまく吐けたことに母も私も安堵した。
術前のレントゲンにも写っており、あれがお尻から出せるか心配だったから。
もう一本は、捻転を起こすまでにきれいに消化していたわけだ。

「危機は」
一番聞きたかった言葉が先生の口から出た。
「脱したと言っていいでしょう」

おとなしい子ですね、みんなの人気者ですよ、と言いながら差し出した先生の手を、ホープが舐めている。
その様子を眺めながらふわふわと夢見心地でいると先生が、
「もう少し一緒にいてあげて下さい。
 その方がホープ君も元気が出るでしょうから」
と言って私達だけにしてくれた。
それから、たっぷり20分は過ごしただろう。
ほんの1、2分、良くても柵越し、場合によっては部屋の外からガラス越しに姿を見る程度だろうと思っていた。
こんな嬉しい予想外はない。
母も私も、時々「よく頑張ったね」「よく戻ってきたね」と話しかける他は口数少なく、ただニコニコしながら、ひたすら撫で続けた。

さすがに10分もすると疲れたようで、足もとで横たわり、そのまま安心したように眠ってしまった。
寝顔はやはりやつれている。


やがて先生が看護師さんと共に戻ってきて、
「もう寝ちゃったのですか」
と笑いながら面会時間の終了を告げた。

人の気配にさっと立ち上がったホープを、看護師さんが抱き上げて、
「ではお預かりします」ともう一度私達に見せてくれた。

その時のホープの顔は、今思い出しても可笑しい。
目をまん丸にし、口はミッフィーのように小さく結ばれ、まさに鳩が豆鉄砲を食らったとはこのことだという表情だった。
参考写真
(その時は撮れなかった)

私達からまた離されるとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。


実は母はその夕方から、母の妹二人と旅行に行く予定だった。
以前から行きたがっていた姉妹での温泉旅行が、ようやく実現して、とても楽しみにしていた。

ホープの具合が悪くなってすぐ、
「もう明日のは取りやめるわ」
と言っていたのだが、保留にさせていた。
きっと、行けるようになるから、ぎりぎりまで待ってみようよと。
『もう家にいたって虚しいから行くわ』ではなく、『これで安心して心おきなく行けるわ』となるはずだからと。

そして、実際にそうなった。


鳩ぽっぽ顔のホープを動物病院によろしく頼んで帰路につき、途中母を叔母達の家に送り届けて、ひとり家路についた。
また、家に着いたら夜の10時半だった。
犬も猫も、いい子で待ってくれていた。


その後2日間は、さすがに面会に行く時間はなかった。
毎日電話で容態を聞く度に、良くなっていると伝えられ、木曜日にかけた際には
「明日来られるのでしたら、退院できますよ」
と言われた。
なんという回復ぶり。

母も温泉旅行を堪能して、その晩帰ってきた。
ホープを迎える準備は整った。
出迎エ!


19日の金曜日。
1時間早退し、病院へ向かう。
もう道も慣れたものだ。

今までとは違う診察室に通されて待っていると、またしても初めての先生が入ってきた。
今度は、苦悩しているような顔の若い先生だった。

17日以後の血液データの話や、今後の注意点などを聞き、お願いしてあった手術記録をもらった。
心電図、X線写真の他、術中写真もけっこうたくさん入っていて良かった。


再発率について問うと、
「当院では今まで一度もありません」
とのことだったが、一般的には(術式によっても違うらしく)1%〜10%とばらつきがあるとのこと。
”当院”の症例数や追跡期間までは確認しなかったが、ともかく今までのところ再発ゼロであるというのは心強い台詞だ。

あまり強くではないが、予想通り
「犬と人では必要な栄養が違います。食生活を見直して下さい」
と言われた。
そして、当然の如く療法食フードが処方された。
胃捻転後にドライフードは今まで以上に避けたかったが、ここは謙虚に、処方された分は使うことにした。


そうこうしているうちに、ホープが連れて来られた。
今回は抱っこではない。走り込んできた。

歓喜の再会、と思いきや、ホープに喜んでいる様子はみられない。
聞いたこともないような悲痛な声でキューキュー鳴いて、リードを受け取った母に跳んだりぶつかったりしている。
その後、先生と交代して入ってきた事務の方とお会計をしたり書類をもらったりしていたら、お世話になったベテラン女医さんが顔を出して下さった。
なのにあまりに横でホープが騒がしく、お礼が十分言えなかった。


事務員さんが、クレジットカードを持って出ていったので、母からリードを受け取る。
ホープの目が泳いでいる。
厳しい声で座るよう命じ、そのまま待機させていたらようやく呼吸が落ち着いてきた。

手術翌日の面会後に置いていかれたことがよほどショックだったようだ。
今日は、再会の喜びよりも、また置いていかれないようにと必死で、喜ぶどころではなかったのだ。


戻ってきた事務の人に、女医さんに十分お礼が言えなかったので、よろしくお伝え下さいと言ったら、申し訳ないことにもう一度呼んで下さり、今度は先生方にもスタッフの方々にも、存分に感謝の気持ちを伝えることができた。

先日とは別人のように、笑顔の優しい女医さんが私達と出ていくホープを見て、
「ふふふ、嬉しくて跳びゆう」
と看護師さんと笑っていた。

先生達にも、良い病院に導いてくれた友人達にも心底感謝しながら病院を後にした。


家に帰ってまずしたことは、特盛りの良いうんこ。
(もちろんホープがである)
それから、迎えに出た犬達に少し匂いを嗅がれただけで、あとはもういつも通り。拍子抜けするほどだった。

違うことと言えば、食餌が日に3度になったことと、しばらくはひとりだけふやかしたドライフードであることくらい。
あ、白いチョッキを着ていることもだ。
ウェル、そんなに嬉しいのかい
(暑いだけです)
私達人間の方は、いることが当たり前だったホープが、もとどおり当たり前にそばにいる幸せを噛みしめた。
これを書いている今も噛みしめている。
長い長い、5日間だったよ。
おかえり、ホープ、おかえり。


それと、この日はホープの退院日でもあったけど、ルースの10歳の誕生日でもあった。
というわけで、ご飯の上にひとりだけ、ジャーキーをトッピングしてもらった。
我々人間とホープの次にハッピーだったのは、ルースだったに違いない。

12 件のコメント:

Bun さんのコメント...

無事退院、おめでとうございます!
この1週間、後編のアップは?と何度も何度もブラウザを…
前編の「…渡りかけた」、過去形なんだからホープ君は助かったのだと自分に言い聞かせつつも、早く完璧に安心したくて。
「万端に備えておけば逆にかかってこない」、すごいリアリティです。ハニフラさんの心配と祈りが丸ごと伝わってきました。
獣医さん事情で当初は気を揉まれましたね。でも結果をみればホープ君とハニフラさんファミリーの強運と空の上の方たちの後押しが噛みしめる幸せをもたらしてくれたのですね。
よかった、本当によかった!

ゆずゆきん さんのコメント...

無事退院おめでとうございます!
きっと大丈夫だったんだと思いつつも心配でした。
1回目の面会のあとのホープ君の鳩が豆鉄砲な顔(笑)
想像しただけで笑えますが、本犬にとっては笑い事じゃないですよねー。
いくら居心地がよくたって、いつもの群れと離れて暮らすことは
不安と混乱とでいっぱいだったでしょうしね。

留守番組のみなさんも長時間お利口に待っててくれて
ハニフラ家、すばらしい!
ブラウニー君もすっかり馴染んじゃってるし^^

こういうことがあると「普通の何もない日」がどれだけありがたいか
実感しますよね。
良いことなんてなくてもいいから、普通の平凡な1日が
ほんとになにより大切だなぁと思います。

ルース君お誕生日おめでとうございます。
こんなバタバタした中でも誕生日を忘れずに祝ってもらえて
なんて幸せなんでしょう。
私だったらたぶん忘れて落ち着いたころに「あれっ!」みたいになりそー。

ぴっぴ さんのコメント...

はぁああ~~~!
長かった~。
無事退院おめでとうございました!!
よかった。本当に。
いい先生に出会えて。そして紹介してもらえて。
人のつながりの素晴らしさを教えてもらいました。
ハニフラさんの最初の診断もよかったですよね。
一般の人なら気付かずに病院に行くの遅くなっていたでしょう。
あぁ、本当によかった。
お疲れさまでした。
今頃心労で倒れていませんか?(^^;


ルース君お誕生日おめでとう~(^0^)
この1年もいい年になりますように☆
ホントよく思い出してもらえましたね(笑)


jick-jick さんのコメント...

よかった!
一安心ですね!

よかった!よかった!

ベックマン さんのコメント...

う~んほんとによかった、よかった(o^-^o)

ルース君、お誕生日おめでとう♪♪
何もない、平凡な日々への感謝♥ですね。

はたはた さんのコメント...

無事に退院おめでとうございます。

一緒に帰れると思ったのに、再びお別れの顔、
目に浮かびます。
本当に退院の時の行動も・・。

なんか全然違うけど、こうやって、捨てられる子の気持ち
もう二度と迎えに来ない、でもずっと待ってる気持ち、
どれほど傷つくことかと改めて、ウチにいる補語犬の顔を
見てしまいますた・・・関係無いことですいません・・。

それにしても、ブラウニーくんもちゃんとお利口に
留守番してて、偉いなぁ。

白いチョッキ、なかなかお似合い。

お母様も旅行に行けて、ルース君のお誕生日も祝えて
(おめでとうございます)、そこにホープくんがいて
本当によかったです!

ハニフラ さんのコメント...

Bunさん、ありがとうございます。
後編は読んで下さる方をやきもきさせないよう、なるべく早くアップしようと思っていたのに、時間が無くて逆に遅くなり、いたずらにご心配をおかけしてしまいました。

しかしこういう時って、どうしても験を担がずにいられないものですね。まさに溺れる者は藁をも掴む、です。
神様でも鰯の頭でもいいから、苦しいときにすがれるものがあると、本当に救われるなあと実感しました。
それから、信頼関係の大切さも。

ハニフラ さんのコメント...

ゆずゆきんさん、ありがとうございます。
ホープとの面会、1回目も2回目も予想を裏切られました。
犬達って(猫も?)、私達が想像するよりもっと深く強く結びついているのですね。思い知らされました。

あの鳩ぽっぽ顔も、初めて見ました。
2回目の反応と合わせて考えると、どれだけショックだったことでしょう。
と言いつつ、いまだに思い出し笑いしてしまいます^^;

本当に、ゆずゆきんさんの仰る通り、普通の平凡な一日って、素晴らしいですね。
いつもと変わらず過ごせること自体が良いことなんだって、いろんな経験を重ねるにつれ実感できるようになりました。

ブラウニーったら、ずっと前からいるかのように馴染んでしまいました。
我が家もゆずゆきんさんちのように、大家族が穏やかに時間を過ごせる家になったら、最高です。

ハニフラ さんのコメント...

ぴっぴさん、長かったですよね、すみません^^;

今回、本当に人との繋がりに助けられました。
友人と話すことで、スッと気持ちが落ち着いたりするものですね。
有り難かったです。

胃捻転についてはずっと警戒していたので早く気づけたと思います。
しかし起こったのが平日だったら、とか夜中だったら、と思うと恐ろしくなります。
まさに幸運だったのですね。

実はうちの連中、意外と誕生日を私に思い出してもらえているのですよ。すごいでしょ。
お祝いしてもらえるのとは話が別なんですけどね。
たいていは祝福の言葉だけです(笑)

ハニフラ さんのコメント...

jick-jickさん、はい、本当に良かったです。
ご心配下さってありがとうです。
元気になってくれて嬉しいです!

ハニフラ さんのコメント...

ベックマンさん、もう傷跡もだいぶきれいになってきました。
食餌回数が増えて本犬うひょうひょです。
仰る通り、平凡な日々こそ至高です。

ハニフラ さんのコメント...

はたはたさん、ありがとうございます。
楽しいことしか知らなかったホープには、初めての体験はなかなかきつかったことと推測します。

本当に、我々人間の想像をはるかに越えた犬達の感受性の深さを目の当たりにし、実は母と捨てられた犬に思いを馳せていました。
でも、その後に暖かい里親さんと巡り会うことができれば、悲しみが深かった分だけ、幸せも深く強く感じてくれると信じたいです。

白いチョッキ、あまりに絶妙に固定してくれていたので脱がせるのをためらい、最終的に薄汚れた茶色のチョッキになって、お役ご免となりました(笑)
すべてがうまくいき、幸運に感謝しています。