12/31/2010

雪の朝に

2010年最後の今日。

四万十に来て初めての、雪に覆われた大晦日の朝。



我が家の頭領、ガディが旅立ちました。

明け方頃、静かにそっと発ったようです。

6時過ぎに起きた母は、はじめ、とても安らかに眠っていると思いましたが、ふと様子が違うことに気づき、体に触れて初めて分かったとのことです。
それぐらい、穏やかに落ち着いた風情で自分のベッドに横たわっていました。


11月下旬から、ちょっとした傷がこじれて、痛い思いもしていましたが、昨日も夕方までごはんを食べ、私たちに支えられて冬枯れの芝生も少し歩きました。

ちょうど一週間前

今月初め頃は、自分で『ウバメの段(改め果樹園)』へ下りてきて、若者達との散歩を楽しんだりと、お年の割には元気で毎日を楽しんでいたと思います。

最後の半月ほど、ちょっとだけ私たちに面倒を見させてくれて、弟も一昨日の夜こちらへ来て家族全員揃った時を、自分で選んだのでしょう。

優しいけれど気性の強い、繊細だけど頑固なところもあり、そして何より家族を愛し、家族のためならなんでもする、父にそっくりなガディは、父と同じ12月に、父の待つ天国へ行ったのです。
最後の最後まで、誇り高い犬でした。



父が亡くなったのは12月3日。
ムギが亡くなったのは、その2年後の12月3日。
そして、1月23日生まれのガディは、12月31日。

みんなで、123にしようって示し合わせたのかな。
ガディが123の後、もう一度1に戻して、もう12月のお別れはおしまい、って締めてくれたのかな。



最後にガディが自分のためにしたこと、それは、天国へ向かいながら、大好きだった雪の世界を見られるようにしたこと。

今日のこの雪は、ガディが降らせて積もらせた雪だと、私と、母と、弟は思っています。



ガディ、おまえの家族は、雪の中で楽しそうに走っているよ。



私たち人間は、冷たい静かな景色のおかげで、ガディがこの世にいないことをゆっくりと飲み込んでいけるよ。

この家の中、いつものベッドで、雪を見ながらガディが寝てる

ふと足を止め、家の方を見つめるソフィ

長い間、ありがとう。


これから、お父さんとガディとムギが連れ立って、我らの様子を見てくれるんだろうな。
その隣に自分が並んで立てる日まで、私も毎日を全力で生きよう。
ガディが15年と11ヶ月と8日、そうしたように。

12/22/2010

晩秋のおくりもの




書いたなり、アップしてない記事がたまりすぎて、どれをどうアップしていけばいいか完全に混乱しています、わたくし。

オラ知ラネー

それで、とりあえず、土地の話つづきで嬉しかった話を。






かれこれ一ヶ月以上前だが、母と四万十川の堤防沿いを車で走っていたら、河川敷の草刈りをやっていた。


おもしろいことに、刈った草は丸められ、ロールになって並べられていた。


その様はなにやらユーモラスであり、見ているだけで心が浮き立つようで、
「あれ、いくつか欲しいよねー何に使うのか知らんけど。」
と母に言ったものだった。






さて、ウバメの段の土入れが終わった次の朝。
いつものように犬たちと散歩していると、ウバメガシの根本で母が小躍りしながら私を呼ぶ。
なんと、憧れの草ロールが!!

ロール!ロール!


ババーン


いつの間に、誰が入れてくれたのか分からないが、その道の専門家がプロフェッショナルな使い方をするのだろうとばかり思っていた草ロールが、我が家にやってきたのだ。
クリスマスにサンタさんと握手できたような気分だった。



その後の調べで、ウバメの段の土入れ工事を仕切ってくれた市役所のY氏が入れてくれたと判明。
もう、お礼を言うの言わないのって。

あんまり私が喜んだので、その後、もう一度持ってきてくださった。
(またしても知らぬ間に)
なんでも、誰でも持って行って構わないんだそうだ。


そして、この草ロールの使い道は、ズバリ、たい肥。
ざくざくさばいて、土に広げておけば土の肥やしになるというわけだ。
なるほどー。


しかし、この草ロール、意外にでかくて重いのだ。

拡大してみて下され


とても一人では持ち上がらない。
ということで、愚弟が年末にやってくるまで力仕事はおいておき、そのまま飾っておくことになった。

愚弟め、こないだ右手を骨折して手術したらしいが、それは気にしないことにしよう。







草ロールを華麗に跳び越える犬たちの姿が見られるかも、とコンデジを動画モードで持ち歩いていたら、華麗とはほど遠い動画が撮れてしまった。

(わたくしめがギャースカ言ってうるさいです、すみません。)


途中で私のダミ声が一気に悪人度を増すのは、ホープが苗木にオシッコかけようと足をあげたのが目の端に入ったせい。

後でお耳をすすいでおいて下さいまし。

12/10/2010

土きたる






通称「ウバメの段」に、土がたくさん入った。




ウバメの段 初期状態

春、四万十に越してきた時、市長さんにお会いする機会があり、その時、市の工事などででた廃土があれば、うちの敷地に捨てて欲しいとお願いしていたのだ。もちろん、汚染のない土でとの注文付き。

注文ツケタノ?

ホ坊よ、当たり前じゃ。それは重要事項じゃ。


なかなか出た土をうちに廃棄できるような工事がなかったが、先月、ついに実現した。
一週間、毎日大きなダンプがひっきりなしに出入り。
どんどん土を落とし、それを片端からユンボで固めていく。

一日目:想像よりはるかに大量の土に驚喜
四日目:ダンプとユンボが働きまくり
五日目:どんどんダンプが来ます
ダンプあふれかえる

ほとんどは仕事で見られなかったが、土曜日に作業の様子を見ることができ、ワクワクした。
ああいう大型作業車というのは、なぜだか胸躍らせるものがある。
小さな男の子が、ダンプの運転手さんに憧れる気持ちが、よーく分かった。

↓動画です。
ダンプとユンボがガーゴーうるさいです。
ダンプに興味ない人には面白くも何ともないと思われます・・・




やたらと広かった湿地も、1/3くらいになって、家の下の竹藪にも入りやすい。
こんなにたくさん土を入れてもらえるなんて、と、毎日小躍りしながら母と喜び合った。

ここらは湿地だった

これから、ようやく念願の苗木を植えるのだ。
その前に、苗木を買うお金を貯めるのだ。

と思っていたのに、母がじゃかすか苗木を購入。

ウソデショー

おかーさん・・・今、うち火の車なんだよ。

ヘーゼルナッツ2本、フェイジョア1本、キンモクセイ12本、メグスリノキ2本、・・・と、数日おきに次から次へと苗木が届く。

こんなに買ってどうすんねん、といいながら植えてみたところ、

どこに植えたか分からん。

もっともっと木が必要だということはよく分かった。
分かったから、ボーナス出るまで待っておくれ、母よ。


ということで、「ウバメの段」あらため「果樹園」ということになりました。
まだどう見てもただの荒野だけど。

肥やし投入中







注:
ちなみに、今のところ苗木は母自身の老後の資金をはたいて購入してくれてました。
ちゃんと書いとかないとクレームがつくからな。