4/01/2019

サクラサク






結局、暖かいまま過ぎてしまったこの冬だったが、春はちゃんと春らしさにあふれている。


先々週くらいにはつくしが生えまくり、


めえ太がたべまくり、


人間も少し楽しんだ。

つくしから出た胞子
酢味噌で頂きました



これからはタラの芽と筍の猛攻が始まる。

タラの木は数え切れないほど生えているので、この時期には毎日採って食卓にのせる。
お気に入りはやはり天ぷらだ。




贅沢な話だが、筍は、今の我が家にとって迷惑以外のナニモノでもなく、毎朝ちょっと頭を出したところを踏み折ってまわる。


うっかり見逃すと、とんでもないところに太い竹が生えてしまい、これを切るのには多大な労力を費やさねばならないからだ。

食べないのか?
そう、初めの頃は喜んで食べていた。

移住した直後に喜んで掘ったもの
(2010年)
当時の庭
夕暮れ時 崖の上から
イノシシ避けの柵もまだなかった

食べ飽きた頃、地元の知り合いの方が、それは見事な筍をとても美味しく茹で上げて持って来てくださるようになった。
さらに、遠方の友人からとても高級な筍を頂くこともある。

(アニューは腰を落としてオシッコする)

わざわざ我が家で下手くそに掘って下手くそに茹でた筍を食べる必要があるだろうか?

イヤ全然ナイ

イタドリやゼンマイも豊富だ。
春の味覚を存分に楽しめるのは、ここの暮らしの贅沢のひとつである。





食べる話ばかりしているが、花ももちろん次々に咲き始める。

ヤマツツジが花ざかり
キブシは種でどんどん増える
紅花トキワマンサク

今年は暖冬のせいもあり、ソメイヨシノの若木は梅より早く咲いてしまったが、成木は今満開である。

遠くに小さく見えるのがソメイヨシノ






桜咲くといえば、私も先月初めに結果発表があり、ようやく博士学位が取得できた。

昨年、長期間ブログを休んでいたのは、今年早々の学位審査に向け、最終追い込みをしていたせいだったのである。

この池は底が泥なので
こうなるよね

脳神経外科は専門医試験が非常に難しく(大学受験の時よりも勉強した気がする)、大学院在学中にそちらを優先した結果、学位の方はそのままになってしまっていた。

モンクさんも元気

学位は足の裏の米粒、取らないと気持ちが悪いが取っても食えぬ、とよく言われる。
しかし私自身は気持ち悪くもなかったのだ。
ただ祖父と母の願いであったから頑張ったのだが、取れてみると、やり残しを片づけたような晴れ晴れとした気分になった。



先月末に母校で授与式に出た。



会場となった講堂は、大学の歴史資料館の一室で、照明がとても素敵であった。

2年前の今日
左からブ、エ、ソ、ル、ウ









3/27/2019

小さい生命



小さな野ネズミは、入ったものの深い餌入れから逃げ出せなかったようだ。

夕方になってもまだいるということで、飼育容器を買って帰った。

覗いてみると、水入れをひっくり返し、文字どおり濡れネズミになっている。
乾いた飼育ケージに移すと、猛烈に毛づくろいを始めた。



野生の生き物だし、ずっと飼育するつもりではなかったが、名前くらいはつけたいと思いつつ観察してみる。
ネズミをこんな近くで見たのは初めてで、動作のひとつひとつが新鮮で、驚きだった。


たとえば、右前肢を手入れするときは左前肢をそえる。
長いしっぽも、先まで丁寧に手入れするし、その時は、ちゃんと両前肢で持っている。
無毛と思われたしっぽには、短い柔らかそうな毛がちゃんと生えている。



ひとしきり見ているうちに、名前は『モンクさん』に自然と決まっていた。
お気に入りの海外ドラマ『名探偵モンク』からである。

愚弟に野ネズミの毛づくろい動画ととともに「ちなみに名前はモンクさん」とメールを送ったら、

という返信が来た。



もう3月でかなり暖かかったが、夜間はけっこう冷える。

この日、さくらんぼの木は花盛り

ケージの下半分に使い捨てカイロを敷き込んで、あったかゾーンを作ってやった。





翌朝、小さなモンクさんはどうしているかなと思いながら顔を洗っていると、先に様子を見に行った母が
 「モンクさん死んでる」
と言った。


小さな生物は怖い。
ちょっとしたことですぐ死んでしまう。

大きい者は安心感も大きい

幼い頃の体験でそれはよく知っているから、心配はしていたのだが。



モンクさんのケージを置いてある応接室は、居間より少し冷えていた。

モンクさんは、昨夜毛づくろいをしていた同じ場所、カイロを敷き込んだ真上で、動かなくなっていた。

しかし、死んだ生き物はたいてい横たわっている。
モンクさんはネズミの絵で良くあるような、四つん這いの姿のままだったので、母の早とちりではないかと、ビニールの切れ端でつついてみた。

これで頭を下ろした状態で動かなくなっていた
(前夜毛づくろい中の写真)

ピクリとも動かない。
ヒゲの1本動かない、お腹も動かない。



本当に辛かった。

たったひと晩も無事に越させてやれなかった。
野性動物だし、屋外より暖かいはずだからという油断があった。

木のうろや枯れ葉の下など屋内以上に暖かい場所だって自然の中にはある。
そういう良い場所を選ぶ自由を奪われていたこと、身体が濡れていたことなどが原因だと思った。





胸が張り裂ける思いで、台所からいつも見えるフェイジョアの苗木の根元に、モンクさんを埋めるための穴を掘った。
犬たちに掘り返されないよう、深く掘り、柔らかな葉を敷いて、鶏の餌をひとつまみ入れた。

そして、モンクさんの亡骸をケージから出し、最後に目に焼き付けるように見た。

さくらんぼの花

昨夜、濡れてボソボソしていた毛並みはふんわりと乾いていた。
長いヒゲが、朝の風に吹かれて少しそよいでいる。
あんなに生き生きしていたのに。
私が殺してしまった。
こんなにきれいな生き物を。



そうして、埋めようと持ちかえたとき、ふと違和感を感じた。

何に感じたかというと、前肢の落ち方である。
掌にのせたモンクさんの左前足が、私の指の間からだらりと垂れ下がったのだが、その落ち方が、なにか本当の亡骸の場合と違う気がしたのだ。

*1

嬉しいことではないが、亡骸ならこれまでたくさん見ている。
(家族のだけでなく、道路で死んでいる猫やイタチやタヌキでまだ姿のあるものは、人気のない山の中や、我が敷地に運んで埋葬することがちょくちょくあるので)

完全に命の抜けた体と違い、モンクさんの前肢が手から落ちたとき、ほんのわずかだが足のつけねに筋肉の張りがあるように思えたのである。



その時になって、ふと「冬眠」ということが頭に浮かんだ(後から知ったところでは、冬眠はしないそうだが)。

冷静になってみると、体も冷たくない。
それに、鼻面も手足もきれいなピンク色のままだ。

*2

もしかしたら、死んでいないのかもしれない。





ツルハシもスコップも放り出して、モンクさんを部屋に連れ帰った。

暖かい風呂蓋の上にケージを載せて中にカイロを入れ、その上に少し木くずを敷き、モンクさんを寝かせてみた。

*3
お腹が少し動き始めた頃

しばらく見ていると、小さくお腹が動いた。
しばらくおいて、また動く。

お腹の動きの間隔がだんだん短くなり、目は覚まさないものの、呼吸をしているのがはっきり分かるようになった。



「ダメだと思っていたが実は大丈夫だった」などという都合のいい奇跡はほとんど起こらないことを私は知っている。

だから、この朝のモンクさんの奇跡は、私にとって本当に『奇跡』だった。
やがてモンクさんは少しずつ動きだし、ねぼけまなこのまま餌を食べ始めた。

食べながらウトウト

我が家にいてもらう間、貴重なモンクさんの人生(鼠生)を無駄にしないよう、幸せに過ごしてもらうと改めて固く誓った。












注1:
*1、*2、*3の3枚の写真は、すべてモンクさんが生きていると分かってから、本格的に目を覚ますまでの間に撮ったものです。
(死んでしまったと思っている間は、写真などとても撮れなかった)


注2:
『名探偵モンク』は極度の潔癖症など38種類もの恐怖症をもつ天才的な探偵が主人公で、コメディ要素も多く含まれる、良質の推理ドラマです。
知っている方も多いと思いますが、気軽に観られますのでご存じない方はぜひ。