8/09/2017

暑中お見舞い





先日の台風5号の影響で、先週からしばらくは暑さがましな気がする。
しかしそれまでは、暑いだけでなく湿気がひどかった。
おまけに風がそよとも吹かなかった。
無風

昔から汗をほとんどかかない私が、外に出て5分もせずに滝の汗になる。
体に汗をかかず、全身毛皮を着ているものたちは、どんなに辛いだろうと思うと、電気代など惜しんではいられない。
走り回る例外もいる
めだかの鉢は涼しげだ
(眺めてる間に蚊にしこたま食われるが)

外で遊ばせるのも、早朝・夕方の暗いうちにしてやれればいいのだが、そういう時間帯はマムシが闊歩(?)しているから難しい。
大人気メニューの冷凍スイカ(皮)
フライングはナシ
7年目にして今年初めて実をつけたイチジク
外にはカエルとか蛾とか・・・
見事なカモフラージュで身を守る

気温が上がってマムシが引っ込む頃合いを見計らうのが、夏は本当にたいへんなのだ。
ヒャッホーーイ


そんな、夏の彼らの様子を、動画におさめてみた。


エボニーの暑苦しさが伝われば幸いです・・・

7/18/2017

迷子の小ヤギ





いろいろあって、我が家で5月末にアローカナという品種の鶏が8羽、孵化した。


すくすく育って、先週の土曜日(7月15日)に、6羽がもらわれていった。

監視はバッチリ
むしろなんか心配なんだが

無事送り出せた安堵と、数が減って本来の我が家に適した世話量になったという安堵と、ダブル安堵で午後を過ごしていたら、区長さんから電話が。

迷いヤギを保護したというのだ。
もしや、4月末に盗まれた我が家のめえ太郎かもしれないと、区長さんの家に見に行った。





残念ながらめえ太郎ではなかった。
2ヶ月半前に連れ去られた時のめえ太郎より小さい。
それに、しっぽの長さが全然違う。

区長さん宅にて

とりわけ暑かったこの日、区長さんを含む地区の方々3人がかりで
 「せんせーとこのヤギかもしれん」
と、田んぼに落ちたりしながら苦労して捕まえてくださったのだ。

申し訳なかったが、我が家のヤギでないとなれば、捜している飼い主さんがいるはずだ。
うちのヤギではない、とはっきり言わざるを得なかった。

逃げようとしてうまく撮れない



区長さんには警察に届けるようお勧めしておいて、いったん家に帰る。

区長さん宅は集落の真ん中で、ヤギを飼える環境ではない。

子ヤギ盗難後、手をつける気になれなくて放置され、荒れているヤギ小屋を急いで整えた。
飼い主が現れるまで我が家で預かるつもりだった。





そうこうしていたら、駐在さんから電話が。
我が家の子ヤギ盗難の時、届け出をした地域の交番のおまわりさんだ。

何かと思えば、警察にはヤギに適した施設もなく、詳しい職員もいないので、我が家で預かってくれないか、という依頼だった。

ヤギを拾ったのは区長さんで、そういう意味では私は今回ぜんぜん関係ない人間のはずなのだが・・・
(ついでに、ヤギのベテランでもない)

区長さんから話があるなら分かるが、警察から!?と少し驚く。
大阪ではあり得ない流れに、いかにも田舎という感じだなあ、となんだか可笑しかった。

ファー

もともと預かるつもりだったことを伝えると、駐在さんは電話の向こうで「ああ〜良かったあ〜」と心底安堵した声を出していた。

翌朝、改めて区長さんに電話で預かる申し出をする。
その日は仕事だったので、夕方に連れてきてもらうことになった。





ここで、少し時間を巻き戻したい。

区長さん宅で、我が家のヤギではないことを伝え、帰ろうと立ち上がったとき、ねじれた係留ロープを区長さんが直し始めた。
逃げようと暴れるヤギ。
 「この首輪があったけん、なんとか捕まえられたがよ」
と区長さんが言う。

首輪をしてたんですか、とのぞき込んで息をのんだ。
めえ太郎につけていた首輪だった。

編み込みで、長さ調節自在なのだ

夕方で薄暗かったうえ、黒い首輪の上に、黒いナイロンロープをくくってあったので、首輪が見えず、ロープで直接繋いでいると思っていた。

 めえ太郎なのか。
 なんで今ごろ。
 めえ子は。
 でも、このヤギはどう見てもめえ太郎ではない。

混乱したので、その場では何も言わなかった。





日曜日の夕方、区長さんが軽トラに乗せてヤギを連れてきた。
小屋に入れて、改めて確認する。

引き取ったヤギ

小屋に入れると、大きさの比較もしやすい。

やはり小さい。

めえ子(右)とめえ太郎
4月23日、我が家に来た日撮影

しっぽも、ひょっと切られたりしたのかと調べたが、傷つけられた形跡はなかった。





翌日、うちのヤギかもと思って捕まえてくださったことに対するお礼を兼ねて区長さんに電話し、ありのままを報告した。
一緒に捕まえてくださったお二人にも、お礼の電話をしたときに、報告した。

謎デスワ

盗っ人が、また他からヤギを盗んで、あの首輪を使い回したのか、自分のところでもともといたヤギに使ったのか、そんなことは分からない。

だが、このヤギが、めえ子とめえ太郎を盗んだ犯人のもとにいたことは間違いない。





この首輪は、ガディが子犬の頃に買った首輪だ。
それから22年間、我が家の子犬は代々これを使ってきた。

エ:ボク 使ッテナイ

それが今年、めえ太郎と共に盗まれ、エボニーは唯一この首輪を使っていないのだ。
 「ガディから受け継いだ首輪だったのにねえ」
やむなくエボニーに買った新しい子犬用首輪を見ながら母と話したこともある。

その、首輪だけが我が家に帰ってきたのだ。
別のヤギを連れて。





これから3ヶ月間、ヤギは我が家での預かりになる。
区長さんも地区の人も、駐在さんまでもが、
 「飼い主らあ出てこんろう、せんせー飼ったらええ」
と言う。
いやいやいや、そういうわけにはいかんですよ。

どこ吹く風で草をはむ

2ヶ月前の私のように、必死に捜している飼い主さんがいるかもしれないのだ。
警察に任せておけないことは、自分の時で分かったので、張り紙もしておこうと思う。



そして、我が家にいる間は、ヤギよ、君の名前はめえ太(仮)だ。
それから、私に頭突きをするのはやめたまえよ。

ヤメネエ









7/16/2017

ラッキー自分




10年以上前、前の病院の脳外科病棟の看護師さんが猫を拾って飼い始めたというので、何人かで家に遊びに行ったことがある。

その中に猫アレルギーだという看護師さんもいて、ぐすぐすいうのを「たいへんだね」などと同情していた。

ところが、ほどなくして目がゴロゴロし始め、ゴミでも入ったかと思っていたら、猛烈に痒くなった。
そして、くしゃみと鼻水が止まらなくなった。
アレルギーの看護師さんに逆に同情されるくらい酷くなった。



帰宅して、
 「私も猫アレルギーになったみたい」
と言うと母はあきれた顔をした。
 「前からそうじゃないの」
 「え、だって小学校の頃ミュー(猫の名前)飼ってたやん」
 「だからその間は喘息ひどかったでしょ」
コノマヌケメ

そういうことか・・・!
(私はまぬけだったのか、という意味じゃないぞ)





たしかに、私は赤ん坊の頃から湿疹が出やすく、なにかにつけてアレルギー反応を起こした。
小児喘息もひどかったし、こう見えて、実は病弱だったのだ。

猫アレルギーだったとは、まったく自覚していなかったが。
アホヤナア

成長と共にいつのまにかたくましくなって、あまりアレルギーを心配することもなくなった(ヤマイモとナスは今も食べられない。好きなのに)。

喘息は辛かったので忘れたことはないが、猫がダメなんてことはまったく頭になかった。



親も私に「あんたは猫アレルギーだ」とは言わなかった。

おそらく、あまり私の病状が悪化するようなら、そっとミューをなんとかする(親戚にあげるとか)つもりで様子を見てくれていたのではないだろうか。
ミューによく似た猫スリッパ
も:オムスビ?
いや、ミューだよ
もとい、スリッパだよ
む:コンニチハ
いや、スリッパですよ





アレルギーとは関係なく、もともと、我が家では犬を布団にあげることはしていなかった。
ときどき犬たちがベッドに上がるのを許すようになったのは四万十に来てからだ。
許サレタ
(手前から、ブ、こ、も、ソ)

ベッドリネンはすべて、毛がつきにくいものを使っているが、それでも寝床が毛だらけになるのは気持ちのいいものではない。





そんな私が、いまや毎晩猫たちと寝ている。

むろん掃除をするので、毛だらけの寝具で寝るわけではないが、毛玉の本体が私に寄り添っている。
グエ

それでも、なんともない。

いつ、なにがどうなってあんなにひどかったアレルギーが治ってしまったのか、自分でも分からない。





5年前の夏、友人がおこげと初代おもちを拾って困っていたとき、当然、自分の猫アレルギーのことも考えた。

引き取ることを決心できたのは、当初は、「預かり」ということにしていたからだ。
一生飼うことに比べると、ハードルは低い。

だが最大のポイントは、親戚の家にいた猫だった。



四万十に移住する準備のため、頻繁に大阪と高知を行き来していた頃。

帰高のたびに泊まらせてもらった親戚の家に、でっかくてふわふわの猫がいた。
野良出身の「ひめ」という雄猫。

猫アレルギーということをまたしても忘れて、泊まるたびにひめに会うのが楽しみだったが、くしゃみひとつ出た覚えがない。

ひめとのことがあったから、預かりでなら、おこげと初代おもちを引き取っても大丈夫だろうと踏み切れたのだ。





アレルギーは、怖い。
最初は大丈夫でも、だんだん出てくることもある。
命に関わることもある。
アレルギーを甘く見てはいけないのだ。

私は、大好きなヤマイモは、もう一生食べられない。
口の周りが真っ赤にかぶれても食べ続けたせいで、アレルギーが悪化したから。
(今は喉や口の中も痒くなり、息が苦しくなる)



その一方で、猫たちと眠れる幸せを手に入れることはできた。
ベッドに座った私の膝の上
フラもときどき加わる
同じ大きさに見える不思議さよ

眠りに落ちる前、夜中に目覚めたとき、ピントが合わないほど近くにある彼らの横顔を見るたびに思う。

朝、顔をちょいちょいする柔らかい前足の感触と、ゴロゴロいう小さな響きで目覚めるたびに思う。

私は、なんて幸運なのだろう。