3/27/2019

小さい生命



小さな野ネズミは、入ったものの深い餌入れから逃げ出せなかったようだ。

夕方になってもまだいるということで、飼育容器を買って帰った。

覗いてみると、水入れをひっくり返し、文字どおり濡れネズミになっている。
乾いた飼育ケージに移すと、猛烈に毛づくろいを始めた。



野生の生き物だし、ずっと飼育するつもりではなかったが、名前くらいはつけたいと思いつつ観察してみる。
ネズミをこんな近くで見たのは初めてで、動作のひとつひとつが新鮮で、驚きだった。


たとえば、右前肢を手入れするときは左前肢をそえる。
長いしっぽも、先まで丁寧に手入れするし、その時は、ちゃんと両前肢で持っている。
無毛と思われたしっぽには、短い柔らかそうな毛がちゃんと生えている。



ひとしきり見ているうちに、名前は『モンクさん』に自然と決まっていた。
お気に入りの海外ドラマ『名探偵モンク』からである。

愚弟に野ネズミの毛づくろい動画ととともに「ちなみに名前はモンクさん」とメールを送ったら、

という返信が来た。



もう3月でかなり暖かかったが、夜間はけっこう冷える。

この日、さくらんぼの木は花盛り

ケージの下半分に使い捨てカイロを敷き込んで、あったかゾーンを作ってやった。





翌朝、小さなモンクさんはどうしているかなと思いながら顔を洗っていると、先に様子を見に行った母が
 「モンクさん死んでる」
と言った。


小さな生物は怖い。
ちょっとしたことですぐ死んでしまう。

大きい者は安心感も大きい

幼い頃の体験でそれはよく知っているから、心配はしていたのだが。



モンクさんのケージを置いてある応接室は、居間より少し冷えていた。

モンクさんは、昨夜毛づくろいをしていた同じ場所、カイロを敷き込んだ真上で、動かなくなっていた。

しかし、死んだ生き物はたいてい横たわっている。
モンクさんはネズミの絵で良くあるような、四つん這いの姿のままだったので、母の早とちりではないかと、ビニールの切れ端でつついてみた。

これで頭を下ろした状態で動かなくなっていた
(前夜毛づくろい中の写真)

ピクリとも動かない。
ヒゲの1本動かない、お腹も動かない。



本当に辛かった。

たったひと晩も無事に越させてやれなかった。
野性動物だし、屋外より暖かいはずだからという油断があった。

木のうろや枯れ葉の下など屋内以上に暖かい場所だって自然の中にはある。
そういう良い場所を選ぶ自由を奪われていたこと、身体が濡れていたことなどが原因だと思った。





胸が張り裂ける思いで、台所からいつも見えるフェイジョアの苗木の根元に、モンクさんを埋めるための穴を掘った。
犬たちに掘り返されないよう、深く掘り、柔らかな葉を敷いて、鶏の餌をひとつまみ入れた。

そして、モンクさんの亡骸をケージから出し、最後に目に焼き付けるように見た。

さくらんぼの花

昨夜、濡れてボソボソしていた毛並みはふんわりと乾いていた。
長いヒゲが、朝の風に吹かれて少しそよいでいる。
あんなに生き生きしていたのに。
私が殺してしまった。
こんなにきれいな生き物を。



そうして、埋めようと持ちかえたとき、ふと違和感を感じた。

何に感じたかというと、前肢の落ち方である。
掌にのせたモンクさんの左前足が、私の指の間からだらりと垂れ下がったのだが、その落ち方が、なにか本当の亡骸の場合と違う気がしたのだ。

*1

嬉しいことではないが、亡骸ならこれまでたくさん見ている。
(家族のだけでなく、道路で死んでいる猫やイタチやタヌキでまだ姿のあるものは、人気のない山の中や、我が敷地に運んで埋葬することがちょくちょくあるので)

完全に命の抜けた体と違い、モンクさんの前肢が手から落ちたとき、ほんのわずかだが足のつけねに筋肉の張りがあるように思えたのである。



その時になって、ふと「冬眠」ということが頭に浮かんだ(後から知ったところでは、冬眠はしないそうだが)。

冷静になってみると、体も冷たくない。
それに、鼻面も手足もきれいなピンク色のままだ。

*2

もしかしたら、死んでいないのかもしれない。





ツルハシもスコップも放り出して、モンクさんを部屋に連れ帰った。

暖かい風呂蓋の上にケージを載せて中にカイロを入れ、その上に少し木くずを敷き、モンクさんを寝かせてみた。

*3
お腹が少し動き始めた頃

しばらく見ていると、小さくお腹が動いた。
しばらくおいて、また動く。

お腹の動きの間隔がだんだん短くなり、目は覚まさないものの、呼吸をしているのがはっきり分かるようになった。



「ダメだと思っていたが実は大丈夫だった」などという都合のいい奇跡はほとんど起こらないことを私は知っている。

だから、この朝のモンクさんの奇跡は、私にとって本当に『奇跡』だった。
やがてモンクさんは少しずつ動きだし、ねぼけまなこのまま餌を食べ始めた。

食べながらウトウト

我が家にいてもらう間、貴重なモンクさんの人生(鼠生)を無駄にしないよう、幸せに過ごしてもらうと改めて固く誓った。












注1:
*1、*2、*3の3枚の写真は、すべてモンクさんが生きていると分かってから、本格的に目を覚ますまでの間に撮ったものです。
(死んでしまったと思っている間は、写真などとても撮れなかった)


注2:
『名探偵モンク』は極度の潔癖症など38種類もの恐怖症をもつ天才的な探偵が主人公で、コメディ要素も多く含まれる、良質の推理ドラマです。
知っている方も多いと思いますが、気軽に観られますのでご存じない方はぜひ。

3/19/2019

小さい迷子





3月6日の朝。
鶏の餌入れのフタを開けると、空っぽだった。



私は腰をひどく傷めていたので、あとで母に餌を大袋から移してもらおうと、きっちりフタを閉めずに家に入った。

15分ほど後、私に頼まれて餌を入れようとデッキに出た母が少し慌てた声で呼んだ。
 「ちょっとちょっと、どうしよう」

ヤギか鶏に変事が起きたかと真っ先に思い飛び出してみると、母が静かにというジェスチャーをして、餌入れのフタを開けた。

ナンスカ



なんとも可愛い盗っ人が、少し残った鶏の餌を一生懸命食べているところだった。

極小野ネズミ

フタがちゃんと閉まってなかった15分ほどの間に入り込んだのだ。
撮影しようとiPhoneをすぐそばに入れても怯える様子もない。
それどころか、私の手につかまってのぼろうとする。

コレハコレハ
ホウホウ

野性動物は感染症や寄生虫のことを常に念頭に置かねばならない。
ましてネズミといえば、レプトスピラやハンタウイルスが真っ先に頭に浮かぶ。
いくら可愛くても、「さすがにそれはご免」とふり払った。



すぐ逃がしてやろうと思ったが、見れば見るほど小さい。
毛づやも良く、まだ幼そうだ。
両手でキビのかけらを持って食べている様子を見ると、急に心配になった。
というのも、周りには恐ろしい鶏達が群がっていたからである。

白菜配給時

鶏は雑食で、ムカデなどは大好物だ。
ムカデをやっつけるのはなかなか骨が折れるので、見つけたときは長靴で押さえておいて鶏を呼ぶ。
するとあっという間に絶命させて食べてくれる。


そればかりではない。
蛙も蛇も獲って食べる。

今は亡きオトウサマの眼光

いちえんさんちの土佐ジローは、草刈り機に巻き込まれて死んだマムシは奪い合いになるらしいし、雄鶏はマムシと相討ちになったこともあるそうだ。


うちの連中だったら、こんな小さなネズミなら食べるに決まっている。
もし子ネズミなら、もう少し大きくなってから放してはどうだろうという考えがよぎった。

それと、野ネズミに遭遇するなどめったなことではないから観察してみたくもあったし、なにより可愛らしくて、もうしばらく間近で見たい気持ちを抑えられなかったのだ。

ムカデも登場するので注意(0:56〜1:11くらい)



適切な容器がなかったので、鶏の餌をもう少し足してやり、小さなお皿に水をいれてやった。
そうして、夕方までに逃げ出していなかったら、飼育容器を買って帰ることにして、出勤した。