ホープのやつめが三途の川を渡りかけた。
胃捻転だ。
今回は、自分のための記録の意味合いも大きいので、普段ならブログ向けには割愛するようなことまでチマチマ書くつもりです。
冗長になりますが、お見逃しを。
そして、わずかでも他の方に参考にしてもらえる部分がもしあれば、幸いです。
7月15日は祝日の月曜日。
当直明けだったので、帰宅してから犬達に朝ごはんをやったのは10時頃だった。
早朝から4時間ほどたっぷり外で遊んでいた上に前夜は絶食だったから、相当お腹は空いていたろう。

絶食明けの食餌量は、いつも通りか、やや少なめにするのだが、今回はいつもよりやや多めになった。
いつもの量で作り終えた時点で、解凍した手羽がちょうど8本あったことに気づき、あまり深く考えずに2本ずつ足したのだ。
ホープは黒犬4頭の中では食べるペースは一番遅い。
遅いが、食後に妙にテンションが上がるため、いつも食べる前から、食後1時間くらいまでは、短めのリードで繋いでいる。
この日も、それはいつも通りだった。
私がちょっと引っかかったのは、午後2時ごろ。
なんとなく、いつもに比べて少しホープが落ち着かないような気がした。
母に「ホープ、なんか様子がおかしくない?」と訊いてみたが、分からないようだった。
その時は漠然と感じただけの『少し落ち着かない気がした』理由を後から考えてみたところ、次の3点だった。
外へ出たがったのに、実際出ると何もしない
ドアのところで外へ出たそうなそぶりをしたので出してやったが、何もせず、私の前で座って両手をかけた。(甘えるとき、もしくは何か訴えるときの仕草)
その後、私の部屋に入ったがすぐ出てきた
私が寝に行く時以外は、私の部屋のドアは勝手に開けてはいけない(開けられるのはホープだけ)ことになっているが、雷などに怯えたときは開けて逃げ込むことがある。
せっかく禁を破ってまで開けて入ったのに、すぐ出てきた。
さらに、マットで寝ようとしかけて途中で起き上がった
完全な伏せの体勢になる手前で起き上がり、ソファに移動して、結局そこで寝た。
機嫌も良さそうだったが、四万十に移住して以来、折にふれ犬達の腹部をチェックするのが癖になっていたため、無意識に腹の両側を触ってみた。
膨らんでいる様子は全くない。
だが、さらに念のために下側まで手を滑らせ、ヒトでいうみぞおちから後ろへ向かって触っていくと、下腹の辺りに握りこぶしほどの大きさの固い部分があるのに気づいた。

今までにも時々、犬達の下腹が少し固くてドキッとすることはあったが、間もなくいつも通りになっていて、食べたものだか便だかだったんだろうなと思うことがあった。
だが、今回は固さがそれらの時と明らかに違っていた。
母ですら分からない程ほんのわずかだが、落ち着きがないことと、これまでとは違う固さが下腹にあることから、胃捻転だと半ば確信し、血の気が引いた。
病院のあてがまったくないわけではなかった。
四万十から車で2時間の高知市内に、とてもいい動物病院があると、犬友達のグーママさんから教わっていた。
なにか軽い症状があったときに様子見がてら一度かかっておこうと思っていたが、気軽に行ける距離ではないため、まだ果たせていなかった。
そこなら、土日祝日も診察しているから、今から行けば診てもらえる。
だが、胃捻転かも知れないホープを2時間も車で揺らす(地道1時間、高速1時間)のは悪いに決まっている。
できれば近くで診てもらいたい。
初代おもちが亡くなった時のことと、
ニューおもちを迎えた時のことを考えると、祝日の午後に近くで診てもらえ、かつ必要に応じて開腹手術をしてもらえる望みなどないとは思ったが、念のため、急いでOさん、グーママさんに電話で訊いてみた。
やはりお二人とも、時間外はどこもダメだろうとのお返事。
ムダヤッテ
それでも無駄を承知で少しでも可能性のありそうな2軒に電話をかけた。
一軒は、留守電すらなかった。もう一軒は、留守電に切り替わったので胃捻転らしいので緊急で診てほしいと伝言を残した。結局連絡はなかったが。
その時、グーママさんから電話があった。
その高知市内の病院はグーママさん家のかかりつけなので、四万十の方に提携病院などなにか方法がないか問い合わせてくれたところ、2時間で来られるからすぐ来なさいと言ってくれたというのだ。
頭をフル回転させて考えた。
30分以内で行ける範囲に動物病院そのものは何軒もある。外科系の病院もある。
だがどこも、時間外に診てくれる可能性はほとんどゼロだろう。
私の体験だけでなく、Oさんの体験でもあったし、グーママさんもそう言っていた。
それでも一縷の望みをかけて、とりあえず片っ端から留守電を入れてみるか?
しかし、返事がかかってくるのをいったいどのくらい待つ?
そして、待った挙げ句にやはり返信がなかったら、それから2時間かけて高知市内へ行くのか?
結論はすぐに出た。
今、ホープはまだ軽症だ。
市内の病院なら、診てもらえるのは100%確実だ。
そこは設備が整っていて、獣医師も複数名いる。
かかりつけのグーママさんが太鼓判を押している。
移動で多少悪化したとしても、確実な方を選ぶべきだ。
後から考えれば答えは明白なのに、その時は「一刻も早く!」と思うあまりに一瞬迷ったのだ。
車に乗せる時、ホープはけっこう元気だった(下の道に車を見つけて吠えながら走っていこうとするのを慌てて抑えたほどだった)。
ちょっと道を間違えたりしながら2時間走ってようやく病院に着いた時も、まだ傍目には元気に見えたろう。
待合室でお腹に触ってみたが、固いしこりがひとまわり大きくなったかな?という程度で、他の飼い主さんもニコニコしながらホープを見ていた。
なお、嘔吐に関しては、車に乗る前と出発してから30分後の2回、茶色っぽい胃液をそこそこの量吐いた。
小さな肉片も混じっていて、母が止める間もなくまた食べてしまった。
車中での嘔吐は、くねくねした山道だったので、車酔いのせいか、病気のせいかは分からなかったが相変わらず機嫌はよく、ひょっとしてただのフン詰まりかもしれないとまで思ったくらいだ。

まもなく順番が来て、診察室へ入る時(午後5時頃)ですら、しっぽを挙げ、弾むような小走りであった。
診察室に入ってからはあまり歩きたがらず、座ったり伏せたりしていたが、涎を垂らすわけでもなく、ほどなく入ってきた先生も私の話を聞いて下腹部に手を伸ばし、触れて初めて
「ああ、確かに固い。緊急性がありそうですね」
と頷いたほどだったのだ。
まず体温を測ったが、この時にはホープも先生の手を舐めたりし、先生と私達も、
「大阪から来られたんですか、僕もなんです」
などと雑談をする余裕まであった。
次に心電図をとり、期外収縮はまだないですねと説明を受けた。
続いてレントゲンを撮る準備に先生が席を外した頃から、少しずつヨダレをたらすようになってきた。
明らかに落ち着かない。
まもなくレントゲン室に抱いて運ばれ、撮影を終えるとまた診察室に戻って採血をした。
その頃からだ。
急激に腹部が張り始めた。呼吸が荒くなり、そわそわと動き回る。
採血の後、先生と看護師さんは奥へ行き、私と母とホープが診察室に残されたが、刻一刻と様子が悪くなっていく。
とにかくじっとしていられず、少しでも楽になる体勢・場所を求めてふらふらと動き続けるのだ。
しばらくして先生が戻ってきて、
「胃拡張・胃捻転という病気を聞いたことがありますか」
と本を出して説明を始めた。
ホープのレントゲン写真もモニターに出して見せてくれる。

この時点では捻転を起こしているかまでははっきりとは言えないようだったが、脱気で改善せねば手術が必要になること、捻転を治した後に胃固定術を行うことなどの説明を受けた。
その頃には、ホープはかたわらでウーウー、ヒーヒーと辛そうなうめき声を上げ始めていた。
なんだかどんどん苦しそうになってきています、と言うと、先生はそうですねと答えてなにやら急いでまた診察室を出て行った。
なかなか先生が戻らないように感じたが、実際はさほど時間は経っていなかったのかもしれない。
横たわって悶えたり、立ち上がったりしていたホープの目が、突然上転した。
すぐに戻りはしたが、しばらく焦点が合わない。
そっと呼びかけるとはっとしたように少し目の力が戻った。
横から見ていた母が舌の色が悪くないかというので覗き込むと、確かにやや赤味が薄い。
触ってみると氷のように冷たくなっていた。
立ったまま、ショックを起こしたのだ。
母が奥へ先生を呼びに行ってくれた。
母から少し遅れて戻ってきた先生に、口の粘膜がひどく冷たいと伝えると触れ、本当ですねと言うやまた奥へ。今度は看護師さんを伴ってすぐに戻ってきて、ホープを奥の処置室へ運ぶ。
そこにはベテランらしき女医さんもおり、すぐさまエコー下に胃の穿刺が試みられた。
だがすでにホープは朦朧としており、不穏状態で穿刺ができない。
おまけに、エコー所見上ガスがほとんどないからこれでは穿刺しても抜けないだろうとのこと。
このまま全身麻酔をかけ、手術で捻転を治さねばならないが、麻酔をかけた途端にそのまま亡くなってしまうかも知れませんと女医さんが説明する。
一般的な全身麻酔に伴うリスクの話かと確認したら、そうではなくホープの現状がそれほど重篤ということだった。
しかし、だからといって手術をしなければ死ぬのだ。
やるしか、お願いするしかないではないか。
先ほどエコーの準備をしている間に、既に手術承諾書は書いてある。
「お願いします。」
私の言葉が終わるか終わらないかの間に、女医さんの鋭い声がスタッフに飛んだ。
「緊急手術!」
右前足に点滴ルートが確保され、麻酔の筋肉注射が打たれたが、ホープの意識が無くなったのが薬のせいかどうか、もはや分からなかった。
エコー室から中央の処置室に運ばれる。
気管内挿管が終わる頃、何人もの先生が集まってきた。
「どうした」だの「何しているのか」だの訊く先生は1人もいなかった。
皆、ホープの検査結果を把握していた。
手術に先立って、少しでも早く圧を下げるため、腹部外壁からの胃の穿刺と、口から胃管を入れての胃内容の排出とが同時に試みられたが、やはりガスが少ないため穿刺の効果は得られず、捻転がひどいため胃管は胃まで入らなかった。
この頃には、毛を刈られたホープのお腹はまさにパンパンという言葉がぴったり、破裂しそうなほど膨らんでいた。
先ほどの女医さん(院長夫人だったらしい)が、さらにベテラン風の先生(院長先生だったらしい)に、エコー所見を説明しつつ怖い顔で
「厳しいと思う」
と話している。
処置室の雰囲気は深刻だった。
「もう(胃管での処置も穿刺も)時間の無駄だ、早く開けよう」
との院長の指示と同時に、だらりとしたホープの体はあっという間に手術室に運ばれた。
恐らく脾臓も取らねばならないこと、早く処置しても死亡率は3~4割だがホープの状況はもっと悪いこと、そして、
「覚悟して下さい」
と言われて、私と母は診察室に戻り、手術の終わるのを待った。
時計を見ると6時半過ぎだった。
オ祈リスルノ
処置が始まってから、私の頭の中は二つの感情で占められていた。
診察が始まったときは元気だったのになんでだ、という怒りと、とにかく一刻も早く捻転を解除してくれ、という焦り。
まだホープが元気な診察初めのうち、先生が奥へ行って待たされている間に、心配のあまりいらだった母が
「何をやっているんだろ」
と文句を言った。
必要な検査をしていると、手際よく進めてもけっこう時間がかかるものだと自分の仕事で知っている。
「手術になるかもしれないのだし、必要な検査をきちんをしないと。それぞれの結果が出るのに多少の時間はかかるから、仕方ないよ。無駄なくやってくれていると思うよ」
母もこれで納得した。
しかし、急変したホープを前に、そんな冷静さは消し飛ぶものだ。
診察を始めてもう一時間以上経ってるじゃないか、さっさと処置に入ってくれなかったからだ。
エコー室で、人事不省に陥ったホープの毛を握りしめながら、声に出さずにいられなかった。
「来たときは元気だったのに・・・」
耳にした女医さんが手元は休めることなく申し訳なさそうな顔をこちらに向けて短く答えた。
「そうですよね、時間かかりすぎだったよね」
処置までの時間がかかりすぎたと認めたことになる言葉だ。
だが、これで私の頭に上っていた血はすっと下がり、怒りが和らいだ。
飼い主の気持ちを分かってくれている。それを理解した上で、だからこそ今からは全速力で助けられるよう頑張りますから、という姿勢が伝わった。
私も本当は分かっていた。
確かに、急げばもっとスピーディに検査を終えられただろうが、あの時点でホープの状態は良かったのだ。
時間に余裕があるならば、バタバタするより、診療は丁寧・確実に進めていくべきだろう。飼い主への説明だって、じっくりするに越したことはない。
ホープはだんだん悪くなったのではなく、急変したのだ。
急変してからの手際の良さは目を見張るものがあった。
診察の進め方に落ち度があったわけではない。
頭デハ分カッテタンダヨネ
手術中、母との話にも出たのだが、これが
大阪のかかりつけ医でのことだったら、どんな結果になったとしても、怒りも不満も伴わず受け止められただろう。
なぜなら、絶対的に信頼しているからだ。
今回、友人のお陰で良い先生達にも良い設備にも恵まれたが、まだ『信頼』がなかった。
初めての病院なのだから、当然のことだ。
これだけは、時間を重ねて生まれるもので、人から言われて得られるものではない。
そのために、厳しい状況になったとき、負の感情が吹き出てしまった。
だが逆に、そういう厳しい状況下だからこそ、短時間で信頼感が生まれることもあるのだ。
少し前に読んだ、
Dog actuallyの胃捻転の記事を思い返す。
あの犬も、やはり不利な地理条件で発症し、お腹が膨らんでからの時間はホープよりはるかにかかったのに、助かったじゃないか。
ホープなら、もっと大丈夫だ。お腹が本格的に膨らみだしてから1時間も経ってないのだ。
いや、なのにホープのあの急変ぶりはどうだ。
今までに見た他の胃捻転の話でも、膨らんでからもう少し時間的余裕があった。
やはりホープは助からないパターンなのか。
診察室のソファは大きくて立派なものだったが、それでも私は手足に力が入らず、ちゃんと座っていられなかった。
母と二人でぶつぶつぶつぶつと祈った。
「神様、どうかホープを助けて下さい」
「お父さん、ガディ、ホープを追い返して」
「ホープ、まだ逝くな」

父とガディの存在は大きかった。
ホープに万が一のことがあっても、向こうで迎えてくれると思うと少しは気持ちがマシになる。
それと、涙なんぞ一滴も出なかった。
手術が始まって間もないうちに呼ばれたらどうしよう(つまり術中に急変したということだから)と思っていたら、30分も経たないうちに看護師さんがやってきたので震え上がったが、モツをどのくらい食べさせたか訊かれだけだった。
手術が始まって1時間、また看護師さんが呼びに来た。
「もう胃を戻して縫ってるところなので来て下さい」
私と母は急いで手術室用のガウンを着、手術室に入った。
術野を覗くと、綺麗な色の胃が見え、女医さんが手早く閉腹している最中だった。
きれいな色になったホープの胃
(頂いた術中写真から)
院長先生の説明によると、
胃も脾臓もひどい色だったが、捻転を戻したら胃は血行が戻り良い色になった。
脾臓は破裂し腹腔内出血を起こしており、脾摘を行った。
捻転が戻ったので口から胃管を入れ(最初に診察してくれた先生が頭側で汗だくになって頑張っていた)、中身を出してはいるが、ドッグフードならサラサラと抜けるところ、モツなので、管に詰まって難渋している。
手術は予定通り行えたが、助かるかは分からない。
ということだった。
術中死を免れたこと、胃の色が良かったことにわずかながら希望を持って再び診察室に戻って待つ。
母も私もひたすら神様に祈った。もうそれしかなかった。
それほど待たないうちに、診察室の外に足音がし、看護師さんがバスタオルを抱えて入ってきた。
診察台に丁寧に敷きながら
「麻酔が覚めてきたので、ホープちゃん連れてきますね」
と言うではないか。
とにかく無事に手術が終わり、しかも早くも麻酔が覚めてきているというだけで、一気に気持ちが明るくなる私達。
まもなく男の看護師さんに抱かれて運ばれてきたホープは、目をひらき、わずかだが頭をもたげてこちらを見ていた。
台にそっと寝かせてから看護師さんが
「着せてる途中で目が覚めて動き出しちゃって・・・」
と言いながら片肌脱ぎだった保護衣を整えてくれた。
意識が戻ったのが嬉しくて写真を撮った
そう言えば、ガディも若い頃に歯石除去のため全身麻酔をかけようとしたら、通常の3倍量の薬を打っても、けろっとして診察室を歩き回っていた。
グローネンダールって、麻酔に強いのだろうかなどと頭の片隅で考える余裕が出てきた。
看護師さんも出ていき、先生が来るまでの間、母と交互に撫でながら話しかける。
ぼんやりとではあっても、意識が戻っている事が本当に嬉しかった。
か細い声でウーウー鳴くので、痛いか苦しいかと思ったら、私達の呼びかけに反応していたのだった。
声をかけると耳を寝かせたり、何度かは小さくパタパタパタとしっぽを振り・・・一度だけだが、右前足をようやく持ち上げて、頭のそばにいた母の肩にかけた。
まだ自由の利かない体で、これがしたかったのだと思う。
胸や肩にそっと前足をかけて甘えるのがホープの癖
やがて最初の先生が入ってきて、手術自体はうまくいったこと、だがこれから再還流障害による死亡が危惧されることの説明を受けた。
摘出した脾臓
(左は大きさ比較のための母のiPhone)
私達が声をかけないと、ホープは声を立てずに眠っている。
説明の後、少しホープと過ごす時間をもらえた。
それから、ホープは看護師さん達に抱えられて入院室に運ばれていったのだが、またすぐ「奥へどうぞ」と呼ばれた。
何かと思えば、入院室での様子を見せてくれたのだった。
状況を逐一見せてもらえ、安心できる。
さっき、私達の呼びかけに反応したホープは、もうピクリともせず、向こう向きに横たわっていた。
ホープの輸液ポンプは100ml/Hで動いていた。
24時間は予断を許さないことを改めて言われた。
今夜がヤマです、とも。
よろしくお願いしますと頭を下げ、すでに施錠されていたドアを開けてもらうと、外は暑苦しく湿った夜になっていた。