2/20/2010

白い恋人


最初にお知らせです。
一昨日、まりこさんのブログで知りました。

母娘と思われる2頭の犬が保護されて、お家を探しています。


左が娘のミルクちゃん、右がお母さんのくるみちゃん。

場所は香川県。
保護して下さった方は、ヨーロッパ在住で一時帰国中なのですが、寒空の下放っておけず、連れて帰って、獣医さんでの健康チェックやワクチンも受けさせて下さいました。

保護主様のお気持ちに胸を打たれた(「うちは大阪で離れた場所だから」なんて言っていられないですよね)のと、片時も離れない母娘が我が家の親子犬たちを見るようで、ちっぽけな拙ブログではありますがリンクさせて頂きます。
だって、どこによいご縁があるか発信してみなくちゃ分からないですもの。

         我が家の仲良し親子

この2頭、覚えも良く、とても気だてのいい犬達だそうです。

そして、保護主様のブログからの抜粋ですが、

ミルクちゃんはおこちゃまらしく、ベットの上で寝ていてもごろごろまわってベットのお外にでちゃいます。
で、くるみちゃんがいないのに気がついたら、すぐくるみちゃんを探して、くるみちゃんの近くに行っちゃう、くるみちゃん大好きっこです。




というのを読むと、条件は厳しくなるけれど、母娘一緒にお迎えしてもらえるのが一番幸せなんじゃないかなとも思います。

どうぞ、こちらご覧になってみて下さい。

  We are looking for our new home

どうぞよろしくお願いします。






さて。


今週前半は四万十へ行っていた。
なんと言ってももうすぐ移住なので、本腰を入れて整えねばならぬ。



ここで大活躍の、私の新恋人をご紹介致しましょう。
今回は結構な数の苗木を運んだが、そんな時の彼の頼もしさには惚れ惚れした。
こちらです。

バーン。


ハッチを開けると、こんな感じ。


後方が見えないのは嫌なので、背の高い植木は両脇に積み、中ほどに衣類などの段ボールを積み込んだのだが、規格まちまちの再利用の箱ばかりなのに、あつらえたかのようにぴったり収まるのには感激した。











さすが荷物運搬をするために生まれてきた車。その辺りの設計は見事だ。
何にも固定していないのに、高速走行中も、田舎道でも、荷物が全然ガタゴトしなかった。

残念なのは、荷物の積み降ろしや、配置は手伝ってくれないこと。

          アタリマエ




到着の翌日、雨も日も当たり、風はそれほど当たらず、あまり目立たない場所を選んで、苗を30本ほどせっせと降ろした。独りで。
楽しかったからいいけど。

           途中経過

           任務完了!


その日は一日小雨だったが、夕方から風が激しくなり、夜中まるで台風のようだった。
翌朝も少しは収まっていたもののまだ風は強く、日が昇ってから見に行くとこの通り。

           こけまくり

水気が少し少ない家側に置いたオリーブやアーモンドの苗は転んでいなかったので、倒れているもの(=ほとんど)を、またせっせと家側に移した。独りで。
楽しかったからいいけど。




後部の荷物がなくなって、すっかり軽くなった車は、帰りの高速で横風(吹き流しが真横にはためくほど強かった)にあおられてひょいひょい流れた。
うーむ、覚悟はしていたがこれほどとは。
けっこう(横からの)プレッシャーに弱い彼なのであった。

          ワシャ強イゾ





そうそう、我が家初ステッカー。


愚弟と二人がかりで貼って、貼り終えた後、二人でぐったりしたのであった。
姉弟揃ってB型なんでね、どうでもいいところに集中してしまうのだ。

1/24/2010

今日も一緒だね




毎年のことながら、また特別なこともなく過ぎてしまった犬たちの誕生日。



前日まで覚えていたのだけれど、当日は年一回の脳神経外科同門会があった。
ぎりぎりまで仕事をしてから大急ぎで帰宅し、普段の泥だらけのカーゴパンツを脱ぎ捨て、別珍のドレスで帝国ホテルまで行かなければならなかったのだ。




ここ数年不参加だったので、久しぶりにお会いする先生方や同級生と話が弾み、ビンゴゲームをしたり(その同級生がwiiを当てる中、チロルチョコすらも当たらなかったが)、3時間はあっという間に過ぎたのだが、思った以上に疲れた。


帰宅して犬たちの歓迎を受けると、心の底から幸せを感じる。
ああ、やっぱり私の居場所はここだなあとしみじみと思う。

          オカエリヤス


さっきまでだって、とても楽しかった。
綺麗な服を着て、ふかふかの絨毯の上をハイヒールで歩き回りながら(立食パーティなので)、大勢の人たちと会話をするのはワクワクする。


それが今や、愚弟のお下がりのトレーナーを着て冷たい床に座り込んでいる。
でもごらん、膝には犬どもが、お互いの境界が分からないくらいぎゅうぎゅうにひしめきあってしなだれかかり、

        もとより境界は朧なり

膝小僧を前歯でイジイジイジと細かく噛んだり、私の顔のつもりで間違って隣の犬の顔をなめたりしてるのだ。
毛皮は柔らかい。その下の体は温かい。手のひらに、ドクドクと彼らの心臓の鼓動が伝わる。
ああ、なんて幸せなんだろう。






そんなこともあって慌ただしく過ぎ去ってしまった昨日は、実はガディ爺さんの15歳の誕生日だった。
いつもは大きめのおじゃこを御馳走してやったりするのだけど、それすらもなかった。

            許サン


でも、最近はその方がかえっていいような気がしている。

昨日を境に何かが変わる訳じゃない。
おととい、昨日、今日と私たちの毎日は続いているし、明日も続くだろう、たぶん。


何歳になった、あとどのくらいで何歳だ、などと考えず、自然体でその日その日を過ごして、ある日振り返ってみれば、あれもうこんなに来たの、という方が、楽しく過ごせそうな気がするのだ。


こう書きながら、それって、ガディが年を取ってきたからこそ、それをなるべく意識したくないという私の弱音かなとも思う。
うん、きっとそうなんだろうな。


まあ、理屈はどうでもよい。
15年前の昨日、この世に生まれてくれたことを心から祝いたい。
そして、今日も変わらず私のそばにいてくれていることに、心の底から感謝し、喜んでいる。






・・・ぐだぐだながながと書いて、誕生日がうやむやになった事実がぼやけないかなーと思っているのが、バレませんように。

          バレトルゾー

12/09/2009

命と命と命と







  犬と猫と人間と

を観た。



特に目新しい内容があったわけではないが、それでも「観に行って本当に良かった」と思ったのは、次のような理由からだ。

 1.それぞれ別々の場所で吸収し、自分の中で一箇所
   にまとめていた知識を、ひとつの繋がりのある話
   として見ることができた。

 2.もともとは動物にそれほど関心の無かった監督の
   目を通して、また違う感覚で見ることができた。


そう、これは、特に関心の無かった人(監督)が、一歩一歩、手探りで進みながら知っていく物語である。

こういった問題に情熱を傾けてきた人が、熱く強く語ることももちろん大事だが、この映画には、観る者に歩調を合わせて、ゆっくりゆっくり「知る旅」を歩んでいく優しさがある。


そして、ここで扱われている内容は、「動物愛護」や、「命の大切さ」という言葉よりも、ただ「命」という言葉だけで表す方がふさわしいと思う。

私の表現力が乏しくてこれ以上具体的に説明できないが、「命」の映画である。
犬や猫に興味がある・なし関係なく、皆に観て欲しい。




ところが、たいへん驚き、ショックを受けた事がある。

私が観に行った映画館は、96席ある。上映後に大急ぎで数えたところ、観客は・・・15、6人であった。


確かに平日の昼間ではあったが、先日の「未来の食卓」は少なくとも7割方、席は埋まっていたように思う。
ぼつぼつ新聞やインターネットなどでも取り上げられているのに、何故だ。


かわいそうで観に行けない、という人たちもいるだろう。

確かに何度もスクリーンが滲んだが、これまでネットで見聞きしてきた話に比べれば、マイルドだ。
殺処分箱に入れられた犬たちの映像も写されるが、断末魔の惨状はない。以前に動画で見た、窒息してのたうち回り、痙攣を起こす犬達の様子をまた見ることになるのかと覚悟したが、無かった。


それでも、犬達を待つ無情な運命は十分すぎるほど伝わる。
どうか、恐れることなく観に行って欲しい。


悲しく、辛い場面ももちろんある。
だが、悲しい事、辛い事はこれっぽっちも見たくない、と言うのは、現実に殺されていく犬猫が、毎日1000頭近くいる事を考えれば、少々無責任だ。
私も悲しい話(特に動物もの)には耐性がなく、避けている方なので、あまり偉そうな事は言えないが、この映画の内容くらいは、知っておくべきだと思う。




いつものジレンマだが、こういう映画を観に来る人は、もう観なくてもいい人がほとんどだと思う。
観に来ない人達こそ、本当に観て欲しい人達である。


だから、このブログを見てくれている人で、この映画「犬と猫と人間と」を観るつもりが無かった方。
どうかどうか、観に行って下さい。できれば、同じように興味のない友達を誘って。

学校の先生がおられるなら、子供達に見せて下さい。

犬好きとか、犬嫌いとか、関係ないです。
先に書いたように、「命」についての映画ですから。



一緒に観に行った(というか連れて行ってもらった)ルフュママさんのブログにも、記事があるので見てみて下さいね。

12/02/2009

よい石けん

3日前、つまり先週の土曜日、トイレで右手を使えるようになり、小さくガッツポーズをしました。
今や、手を広げる動作以外はほぼ何でもできます。
皆様、ご心配いただき、ありがとうございます。
(と、この文章を書いたのが11月24日のことでございました。)




さて、手のひらをケガしていると、指先をちょっちょとしか洗うことしかできません。

しかも、ちょうど生命線の端っこ当たりのケガなので、指、特に親指を動かすと傷口が開いて激痛が走ります。
石けんをつけても、十分にはすすげないのです。


でも、私には心強い味方がいる。

ほら。

ほら。

ね。

いいでしょ。

洗えば洗うほどお肌がきれいになる、むつきさんの手づくり石けんです。

    こちらむつきさんの愛娘、まいろちゃん




ワタクシ、はっきり言って手づくり石けんをナメておりました。

ちょっとジャガイモっぽい感じの、ドロドロしてあんまり泡が立たない、でもなんとなく洗い上がりがぬめっている、そんなイメージ。
そういう手づくり石けんに一度遭遇したことがあったからです。
以後、手づくり石けんには興味ゼロ。


でも、むつきさんの石けんはそんな私の誤解を一撃で払拭してくれました。

やさしい手ざわり。
小さな粒の泡がほわほわと立ち、しっかり汚れは落としてくれるのに、さっと流れる。

すぐとろけるってむつきさんは言うけど、べつにそんな風には感じません。


そして、この見た目。


なんか、見てるだけで嬉しくなりますね。
使うの惜しいけど、使いたくてたまらない。

お店で選んで買った石けんだって、使う時に
「そうだ、この石けんだったんだ。嬉しいな」
と思うことはあっても、
「あの石けんを使いたいな。何か台所仕事ないかな」
と思ったことはありませんでした。



さらに。
むつきさんによる、それぞれの石けんについての丁寧な説明がまた楽し。

例えばほら、お手紙もこんなに可愛いのだ。
まいろちゃんの写真付きだし。

お手紙でつけてくれてることも、メールで詳しく書いてくれることもあって、それを石けんをひとつひとつ手に取りながら読んでいくのがまた幸せなひとときなんですよね。

私もいつか、自分でもこんな素敵な石けんを作ってみたいなあ。




さらにさらに、もうお気づきかと思いますが、このラッピング。


ラッピングはすべてむつきさんの手になるもの。

実は私は、高校を卒業する頃までは、ラッピングが大好きでした。
それも、再利用でいかに素敵に見せるかがポイントで。
いつの頃からか、そんな心のゆとりはまったく失いましたが・・・

むつきさんが、箱の再利用などで見事になさっているのを初めて拝見した時、昔を思い出し、ただ嬉しいというのでなく、胸がじーんと熱くなったのであります。


もちろん、当時の私なんぞと比べるのも失礼な、それはそれは素敵なラッピングですよ。


リボンもオーダーメイド。Miloveって、読めるかな?




そしてまた、今シーズン作りたてをむつきさんがお届け下さいました。

むつきさん、実は両手を負傷しまくっておられます。
特に、左手の人差し指は、短い間に3回も切ってしまって、ラッピングもままならなかったそうです。

そんな時に無理をおして、送って下さった石けん。
我が家で台所用石けんが切れて、私や母が手荒れにならないようにと、やさしいお心遣いで送って下さった石けん。

大事な友達に、すでに3個お嫁入りさせてしまいました。
そしてお嫁入りさせる時はいつも、自分が作ったんか!と言われそうなほど、得意満面で自慢してしまうのでありました。

そうそう、まいろちゃんはこんなに嫋やかなのに、実はアジリティ界のオリンピック選手なんですよ。
しかも、9歳でこのぴちぴちさ!!


ええ、今回は、石けん自慢でした。
しかも、自分で作ったんとちゃうし。

       ヒトノフンドシデー・・・

しっ!しーっ!
それは言わんの、ソフィ。





あ、どんなケガか気にかけて下さっている方もおられますので、ちょっとご報告。

庭仕事をしていて、めまいがし、よろよろよろ、と手をついたところに、斜めに尖った木の枝が・・・
そのままぶっすり、でした。

犬が通るところは、絶対そんな風に枝を切らないのですが、人間しかウロウロしない場所だったもので、ちょっといい加減な仕事をしておりました。
庭師として、反省です。

         しっかり頼むぜ...